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■十勝岳の火山噴火と教訓
1988年〔昭和63年〕12月16日早朝、北海道十勝岳(2077m)の火山噴火が公式に確認された。 十勝岳は過去5回の噴火暦があり、今回は昭和37年以来の火山噴火といえる。しかし、残念なことに過去の噴火時の基礎データがない。したがって、科学的判断をする為の材料が限られてくる。少しばかり手元にある統計資料に頼らざるをえない、心苦しい述べ方しか出来ない不満がある。 第一に、十勝岳の噴火が果たしてどの程度のものかという疑問。 第二に、噴火活動の期間と噴火予知への疑問。 第三に、泥流災害は発生するかという疑問。 以上の3項目については人々の最大な関心事であると考えられた、そこで以下常識的尺度でそれらの問題について、解説を試みた。
1.
第一の疑問である。十勝岳の噴火規模が果たしてどの程度のものかということについて述べる。 十勝岳の過去の噴火は、記録されている資料によると、1857年・1887年・1889年・1926年・1962年に噴火若しくは大噴火をしている。この火山は、海抜2077mで活火山活動としては噴火の社会的影響度から観てB級と考えられている。しかし、十勝岳はA級に近い火山に匹敵する大爆発を起こす、可能性を秘めている活火山だと観られている一面もある。 1925年(大正14年)5月の噴火時には火砕流と火山泥流によって、二つの村落が埋没し死者144名、負傷者約200名となっている。 1962年(昭和37年)6月の噴火時には、火山爆発による火山弾などによる被害で死者5名負傷者11名と付近にあった硫黄鉱山施設と山林や耕地に被害が及んでいた。
2.第二の疑問である、噴火活動の期間と噴火予知についてである。 十勝岳の火山活動は数年に及ぶことが多いのが特徴である。長い時で4~5年、短くて2年位続いている。 ところで、学理論値だけで論を組み立てるとどうしても実災害との差があり過ぎて、現実に応用できない不便さがある。そこで、噴火活動の実データを手にして、噴火規模予測特性曲線図(参考図は別添付)を作成する作業に着手すべきである。これがあると、噴火活動への対応が容易になる、と考えられる。
火山噴火時の火山活動度と噴火規模は、火山性地震の前震活動と付近(根室半島周辺)に発生する、地震の規模と深い相関性を持っていると考えられる。そして、このような考え方で、1977年(昭和52年)の有珠山の活動期と三原山の大噴火の噴火予知に成功している。この事実を、火山学者らとマスメデアの中には評価できない人が多い、学外の筆者から発表されているためか、事実を否定しょうとする動きだらけで余り感心した行為とはいえない。 十勝岳の資料を調べてわかりだした事は、過去何れの噴火も初期噴火時には被害が無く、初期~中期噴火へと移行し、最終段階にいたって大被害が発生するという火山活動に伴う噴火へとつながっている、注目すべき事実があるように考えられる。
火山噴火予知問題について国は、公式には気象庁長官の私的諮問機関として火山噴火予知連絡会〔会長下鶴大輔〕がある(以下噴火予知連)。委員には、関係大学の教授、行政サイドから国土庁・文部省・科学技術庁・建設省(国土地理院)・運輸省(海上保安庁)・オブザーバーとして自治省(消防庁)などで構成されており、事務局は気象庁地震火山部にある。
火山噴火予知は未知の世界であり、論理的方法論の展開すら古今東西未だ確立する段階にきていない。科学的方法論の確立は人類の夢であり、これから先も夢の現実化は不可能視されている。しかし、そう遠くない時期に特定の火山噴火に限って達成し得ると確信している。 勿論、噴火予知は困難な問題も多く抱えているというが関係者間に努力が足りない面もある、いうなれば問題を的確に捉えようとする姿勢が各界に見受けられず残念でならない。 他方、地震予知の分野では問題は色々あるにせよ。1977年7月、国際地震予知シンポジウムによって次のようになっている 「地震予知とは、単なる統計的予測は対象外として、前兆現象に基づく半ば決定論的地震予知を地震予知という。」と国際間の決定合意がある。
このように、地震予知の憲法というべきものがありながら、大多数の防災・地象関係者らはこのような定義のあることすら知らないという、誠に恐れいった次第である。それだけはでない、当然のこと地震予知の持つ意義を尊重しょうという基本姿勢が、なぜか産まれて来ない。その責任の所在は解明されるべきであろう。 国の火山噴火予知連にしても「予知」という文言を称する以上、常識的な思考法下にあることは当然の理で、この定義に拘束されるものと考えられる。 昭和52年~55年の有珠山の噴火・昭和61年の三原山の大噴火・そしてこんどの十勝岳の噴火にも、この定義は活用されなかつた。
3.第三に、泥流の災害は発生するかという疑問について述べる。 予知連会長の下鶴氏(東京大学名誉教授)は、よく最大級の警告を發表する。 今回も、『厳重な警戒をする必要がある』と最大級の字句を用いて人々に不安観を与えている。 この下鶴会長のコメントはどういう意味を持っているだろう。なぜそうなるかというバックデータがない、大変失礼とは思うがバックデータがないから公表できないという、うがった見方さえ成り立つのである。いわゆる、重々しさがない。 学者という立場からしても、不用意なコメントと評されても返す言葉がないであろう。 現実に、泥流災害はまだ発生していない、住民の生活は毎日毎日が生きる為の真剣勝負であり、生き様そのものである。 十勝岳の山麓は、酪農の盛んな地帯で、家庭と家畜を大切しながら、飼育営農している地帯と聞いている。 いかに人命尊重が底流にあるとは申せ、差し迫った事態と考えられないのに、長期間住民に生活放棄を強いる避難方法は、真の人命尊重といえるかどうか再考の要ありと思う。 幸いにして、十勝岳には十勝火山噴火の特性もあることだしそのポテンシアルを解明する手続きがあってしかるべきで、それすら出来なかったということは、どういうことであろう。
この火山の特徴についてあえて述べるなら、先にも述べているように、火山噴火の活動期間が割合長く、断続的な噴火を繰り返しながら数年も続くことであろう。過去の事例では、十勝岳の山頂、山腹の雪が少なく、山麓に降雨のある時期、いわゆる雪解シーズンに片寄って、しかも噴火活動の末期に大災害が発生しているように考えられる。 これは、火山噴火の原因となっている地層深部より上昇するマグマの温度や噴出物の量と地上温度との因果関係によるものもあると考えられる。
火山泥流の発生メカニズムは、始めは少しづつゆっくりした速度で移動し、吐出量を増加しながら加速度を増し、やがて災害を発生させるようになる。そして、泥流の大移動へと変化する可能性は予測されている。以下割愛します。
結論 十勝岳とて、自然体の一部分、予知連のメンバーである行政側の人達とて自然体に住む棲息物、自然体には自然体の法則があることを心しなければならない。 『真理と自然の法則は同一の源流と知る。すなわち自然体という。 前者は英知と深い相関性有し。後者は、絶対性と因果関係から成り立っている。』 この法則は、過去の学問上の概念として成り立っている「相関関係あるもの全て因果関係あり」とした、幅と深さのない狭い固定的概念を、根本から否定したものである。
なぜなら、このような固定した概念では災害などに対しての対応が全て困難になるからである。そこで、『相関関係あるもの、必ずしも因果関係ない場合もありえる』という、もつと幅の広いゆとりのある、新しい概念で論争し体系創りを急がないと、災害問題などは解決へ向かって一歩も前進できないという危惧がある。 以下「十勝岳噴火予想特性曲線図」

1989年(昭和64年)1月7日 作成者 佐々木 勝朗
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