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■防災への展望(1975年11月号 「近代消防」掲載) 災害とは、主として陸上における暴風雨、集中豪雨、豪雪、洪水、高潮、大地震、津波、崖崩れ、火山ガス、その他異常な自然現象または火事、爆発その他、人の活動に伴って発生する大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤の沈下、酸欠、悪臭、その他これらに類するものにより、人の生命、身体及び財産に被害を及ぼす行為、行動を含めているものと定義したい。 1.防災行政の一元化を諮る意味での防災庁の新設 1.防災行政の一元化を諮る意味での防災庁の新設について “防災組織法の必要性と要旨について” ある宗教家の言を借りれば,釈迦仏法では、この世は末法であり、あと80年も経てば、地球上に住む人類は滅亡するのではないかと、いわれている。真偽のほどはさておいて、今日的観点から考えて19世紀的、学問・化学・科学等々は再検討の時にきているといえよう。そして、今までの知識に別次元からのファクター即ち、智慧などを投入し、新しい新世界の発見に努める必要性を痛感する。 公害問題にしても、われわれに周りには・有害(毒)ガス・爆発ガス・重金属類・石油類・放射能(線)等があり、これらの複合汚染に至ってはほとんど解明がなされていない。この現状は、誠に憂慮されるべき事態であろう。 わが国は国土が狭小で人口も多く、一地域に産業が密集しているので、人為的災害・自然的災害が多発化、大規模化している現状であり、これらに対し無策のまま座視することは許されるべきでない。なぜなら、子々孫々に残し得る有形無形の財産をあたら失う結果になりかねないからである。 そこで、この際政府は当面の政策のうちでも、改めるものは勇断を持って改めるべきであろうと考えられる。そして、当面早急に考慮されるべきことは防災組織の確立を置いて他にないであろう思う。なぜなら、国民の不安醸成のコンセンサスは、まさしく公害、地震(予知をふくむ)を中心とした対策の不備にあるからである。 いうまでもなく、現行の消防組織法は、もっぱら火災に対処する消防組織の整備を目的として立法されたものである。しかし、時代の推移は・人口の過度の都市集中・建造物の稠密高層化・自動車その他交通機関の激増と輻輳高密化・河川地形などの自然条件に対する加工の高度化・石油類及びそれらに関連する重化学工業の独善的とも考えられる産業の拡大を招き、ひいては公害・交通事故などの人為的災害の大規模化、多発化をもたらし、一度、巨大地震などの天災地変が起これば、およそ予測し難い甚大な国家的恐慌、荒廃が瞬時にして発生することは疑いのないところである。その為には、権限が各機関に分散している関係組織を省力化し関係組織の統合を図る必要があり、いわゆる防災組織法の立法化が痛感されるのである。 ところで、周知の通り。現在の消防組織は、戦前の地域的民間組織たる消防団のあり方、ないし機能を主体とした運営管理が行われてきた。といっても過言ではない。 これからは、消防の時代から防災の時代へと変革期を迎えなければならないのである。そこで、現在の消防組織から脱皮した多角的・効率的で、しかも近代的に一本化した機能を発揮しうる、そしてその実効をも十分期待しうる、特別司法警察機能を具備した防災組織機構が考慮されなければならない。 さて、次に防災庁の組織は内部部局として長官官房・総務局・災害局・公害局・査察局・とし消防局に救急部、総務局に保険部を設けるべきであると思考する。付属機関として、防災大学校と防災総合研究所および災害保険査定委員会を付置すべきである。また地方機関として、管区防災局(全国を・横須賀・舞鶴・下関の三地区に分割)を設置し、管区防災局に防災学校を置くべきでなかろうか。 自由民主党が以上の問題について、党総力を挙げて、四つに組むか組まないか、基本的姿勢について大いなる疑問をもっている。
福島原子力発電所
1975年4月送稿
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